小諸青年の家が来年3月末で閉鎖に。2005/05/22 22:29

googleニュースの検索より

県教育委が「青年の家」の閉鎖検討 老朽化 松本市、K市の2施設

  • 財政改革に伴う事業見直しや施設の老朽化が主な理由

上記ニュース、以前から噂になっており、話は聞いていましたが、今年度でいきなり閉鎖ですか。 仕事の関係で、先週一度利用しましたが、都会のみなさんには「寒い」「古い」と、評判はいまいちだったようです。 私も、今から遡ること16年前に宿泊した以外は、泊まる機会に恵まれませんでした。その時は、暖房が自由にならなくて、「ニーズにあわないなぁ」と感じたことは確かでした。 すでに「安ければ良い」という時代ではないのだと思います。

朝のラジオ体操とか、日の丸、県旗の掲揚、その他諸々の青年の家らしいイベントって、今もやっているのかな?

実際問題、あの建物を活用するといっても常駐の職員をおくほどの余裕が、人口45000人の街にあるのかどうかと言う問題もありますし、常時開けておかなければ、あっというまに、使い物にならなくなってしまうでしょう。 体育館は、きっと使えるんじゃないかと思うけど。

それでは、K市のものになったとして、ユニークな使い方ができないかな???

アイデア1 市内に、県の施設「ハローアニマル」があることだし、ペット同伴で宿泊が可能な施設にするとか。今時のホテルはペット同伴可能なのかな?

アイデア2 管理人を募って、ユースホステルにしちゃうとか。ここなんかは、確か茅野市から管理委託されていると聞いているし。 近くにKユースがあるから、営業妨害か…?

みなさんなら、どんな活用方法を考えますか?

我が住む街の明るい話題。2005/05/21 02:18

合併しないとか、中心商店街が寂れているとか、勢いが無いだとか、あまり芳しい評判を聞かない我が街に久々に明るい話題がもたらされました。

Sなの鉄道で新物流構想 朝日新聞・長野版

  • (前略)しなの鉄道(軽井沢—篠ノ井間)を活用し、東信地区の農作物や工業製品などを全国の鉄道網に乗せる新物流構想が浮上している。貨物ターミナルを同鉄道のK駅に設け(中略)「長野新幹線の開通前は交通の要衝だったKの新しい役割を模索し、中国や韓国との経済交流が一層盛んになる日本海時代もにらんだ」と井上社長。(後略)

「商都小諸」と言われた時代、Kは物流の拠点でした。 その昔、馬や鉄道が物を運んでいた時代は、物の流れと、人の流れは同じでしたから、Kは人・物の両方が行き交う、にぎやかなまちだったようです。しかし、車社会が到来し、人と「物」の流れが変わり、さらに新幹線駅が小諸ではなくS市に開業し、その近くに上信越道のICがある影響もあり、人の流れは新幹線に、「物の流れ」は高速道路に…と、K(の中心商店街)は流れから外れてしまいました。

で、私などは単細胞な思考しかできないので、「Kに人の流れを作るには?」という視点で、Kの街をにぎやかにすることだけを考えていました。 しかし、今回の記事を読んで、びっくり。まだ、物流の拠点としてのK市再生の手段が存在したことを。

よくよく考えてみれば、新幹線は物を運びません。それ以前に、車で2時間以内という「首都圏」は、積み替えの必要が無いトラックが有利であり、参入するメリットは少ないでしょう。 でも、記事でも書かれているとおり、長距離の物流拠点としての鉄道に関しては、まだまだ成長の見込みがあるのでは? Kの特産「Mケ原の白土ばれいしょ」の主要消費地は関西です。食味「特A」を獲得した「東信地域のコシヒカリ」の産地でもあるわけですから、農業製品の販路としては魅力的。少なくとも、Kの農産物を高く評価してくれる可能性は十分あるでしょう。 そういう関西圏への売り込みに、今回の物流拠点は大きな役割を果たすとおもいます。 本当においしいもので、「生鮮」でないものを、トラックよりも低コストで送り出せることができれば、十分競争力を持つことも。

そりゃ、生鮮野菜は、トラックで「朝穫れ」販売すればいいんですから、べつに関西まで運ぶ必要は無いですよね。

このプラン、実現したわけではないですが、想像しただけでワクワクしてきますね。こういう「明るい話題」でオフサイトミーティングでしたいですね。そうすれば、面白い企画が生まれてくるかもしれません。

あと、中国や韓国との交流の話。 Kの場合、中国との交流は「T村文学賞」を通じて既にあり、T村文学は高い評価を受けているとのこと。残念ながら日本では、若い人に読む機会があまりない(私を含めて)ので、その威光に衰えが…。 そんな中で、中国語で出版された「T文学」に人気があるのならば、経済発展目覚ましい中国から、T村文学の里としての観光客を狙えないでしょうか。 ほかの地域でも、中国や韓国からの観光客の誘致合戦が始まっていると言う記事を読んだことがあります。しかし、まだそれは「誘致合戦中」であり、ガッツリと定番の観光地として定着したわけではありません。 まだまだ、それに関する取り組みをすることは可能だと思うのです。 T村に関する秘蔵の資料が眠っている「T村記念館」と「市立K図書館」の情報をデジタル化できないでしょうか。できれば、それを中国語やハングルで展開してみたら?SEO対策をきちんとすれば、きっとKにも観光客として取り入れることができると思います。

あー、明るい話題って、楽しいわ。

毎週火曜の朝の習慣2005/05/10 20:17

毎週火曜日に必ずチェックするのがサイトがあります。

佐賀県の古川康知事の個人のWebです。

古川さんを知ったきっかけは、彼が長野県庁在職中に「村山建大」というペンネームで執筆・指導した「現代信州の基礎知識 HAMIDAS」でした。

この本の切り口が非常に良かった。今風に一言でいえば「信州のトリビア本」ですが、当時としては非常に面白い切り口の本でした。 仕事(もしかすると休日だったかも)から帰宅し、点けたTVで偶然「HAMIDASの特番」がやっており、ビビビッと来た私は、すぐに本屋で予約をして購入。そして、その本を一冊読み終わった瞬間から、村山建大こと古川さんのファンになったのです。

何を隠そう、私が1996年にAsahi-netに加入し、WebSiteを立ち上げた理由は「私の街のOnline HAMIDAS」を作りたいと考えたから。 今となっては「お堅い?サイト」に成り下がっていますが、当時はそういう使命感に駆られており、HAMIDASショックは、その後の私に大きな影響を与えました。 その後、「信州自治」という長野県の公務員向け雑誌に「二月一巻」というコラムを発見。その文体と切り口から瞬時に筆者の「無碌子」氏が古川さんだと確信してから定期購読。 知事選直前まで続けられた連載は、まさに「続・HAMIDAS」でした。

そして、佐賀県知事に当選してからはご自身のサイトで毎週火曜日に[週間yasushi]というコラムを欠かさず執筆。 内容は、仕事(職務)に関する事や、趣味の事だったりするけれども、そこで発生してくる「?」について、曖昧なままにせず、浮かんだ疑問は納得するまでトコトン追求して解明しています。また、話の落としどころまもばっちり決まっていて、読後のすっきり感は知事となって多忙な現在でも決して失われていません。

そんな、古川知事の文章には、ネタがいっぱい隠れています。(と、私は思っています。) 幸いにも、ほぼ全ての文章をwebで読むことが出来ますので、しばらくの間、古川さんの文章から、私の住む街の元気を取り戻すためのアイデアを考えてみたいと思います。

と、ここまで書いて、Webを立ち上げた当時の気持ちを思い出してきました。 そろそろ、私のサイトの「改編」しなくては。

滑り込んだようです。2005/05/09 21:38

 本日の昼食時、Web-MailにログインしようとAsahi-net.jpを見たら、Asabloの申し込み中。
 どうせ、そう易々と埋まることは無いでしょ?と思いつつ、申し込みボタンをポチッっ。
 と押したところで食事が届き、そんな事は忘却の彼方へ・・・。

 そして、先ほど帰宅。

 「確認」メールが届いていたことで、申し込みしたことを思い出し、アカウントを取得してから、社長のブログを見てみたら、、、どうも私は運が良かったみたいです。

 先月下旬、ネットでコンサートチケットを「狙い撃ち」したのに、結局取れなくって悔しい思いをしたばかりの人としては、、、ちょっと複雑な心境。
 でも、色々なブログを渡り歩いてきた経験がβテストに役立つかもしれませんから、ぜひとも積極更新でテストに協力させていただきたいと思います。

#CSSも勉強しなくちゃだワ。

ToBe blog へようこそ2005/05/09 20:59

 Internetの常時接続環境が自宅に整った頃から、私の情報収集の手段はInternet中心になりました。
 既存のメディアは…
  新聞 → 「お悔やみ欄」と「地域情報」
  Radio → 目覚まし代わりの「朝のニュース」と「音楽」
  TV → DVD-HDDレコーダー購入以降、ほとんど見ない。
 そんな暮らしをしていますので、私にとってのInternetは「辞書」であり「新聞」であり「手紙」であり、鉛筆や筆のような「自己表現の一手段」でもあります。

 もちろん、仕事でもInternetは大活躍。Internet上の情報は「玉石混交」とも言われていますが、そこに潜んでいる莫大な情報は「紙」の時代ではありえない量です。そして世界中どこからでも入手が容易。そして、取捨選択ができれば、内容だって「玉」ばかりを集めることが可能です。
 更に、この2年ぐらいはBlogにより、Webサイトを持つことの敷居が一気に下がり、「情報はあっても管理が面倒」、「メールは打ててもWebSiteは難解で手が出ない」という理由から情報発信をしていなかった層にまで広がってきました。

 そんな日本中(英語がまるっきりダメですから・・・残念)に広がるSiteから情報を集めて、私なりの解釈をして、私が住むこの街に活かすためのアイデアにしてみようというのが、このToBe blogです。
 [このブログについて]にも書きましたが、『理想の実現に向けてコツコツと準備すること』の一つとして、地道に綴っていければと思います。